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鳥なき島より

読み返したコミックスについて思うところなど

2016年ベスト10

年間ベスト

 久々のエントリ…。

 

 2016年に読んだ海外コミックス(未訳)のベスト10です。

 

10Neil Gaiman, J.H. Williams III, The Sandman: Overture (Vertigo, 2015)

The Sandman: Overture

The Sandman: Overture

 

   幻想大河コミック『サンドマン』シリーズの終了後、約20年ぶりに出た新刊。私が購入したのはハードカバーのデラックス版だけど、リンクはソフトカバー(ペーパーバック)版になってます。お求めやすい。『サンドマン』は、私が一番好きなアメコミと言っても過言ではないし、邦訳が途切れていることから原書に手を出すきっかけとなったシリーズであると言っても過言ではない。大抵の褒め言葉が過言ではないと言っても過言ではないコミックスだろうと思う。とはいえ、本作は『サンドマン25周年企画として始まったファンサービスであって、また、シリーズの前日譚という設定からも推測されるように、それほどファンタスティックなストーリーが展開される訳ではない。しかしともかく、J・H・ウィリアムズⅢがストーリーに合わせて披露するアートの幅(無数のオマージュ)とコマ割の多様性が恐ろしい。『プロメテア』も超えていると思います。そもそも、カバーアートにマッキーンではなくウィリアムズⅢのイラストが使用されている時点でその内容への浸透度は推して知るべし、といったところではないでしょうか。

 

9Garth Ennis, William Simpson, John Constantine, Hellblazer Vol. 6: Bloodlines (Vertigo, 2013)

John Constantine, Hellblazer Vol. 6: Bloodlines

John Constantine, Hellblazer Vol. 6: Bloodlines

 

  『ヘルブレイザー』は新装版でぼちぼち読み進めています(新装版のカバーアートは好きではない)。メインライターがジェイミー・デラーノからガース・エニスに変わって、なんだかロンドンの霧が晴れてしまったような気がしていたんだけど、本作収録の'Lord of the Dance' (Hellblazer #49, 1992)を読んで、私の好きな『ヘルブレイザー』はきちんと継承されていたんだな、と嬉しくなった。これは“さかさま『クリスマス・キャロル』”とでも言うべきホリデー・スペシャルで、うらぶれた宴の神様をジョンが酒場に連れ込んでどんちゃん騒ぎをやるという素敵エピソードなんですけど、ジョンの優しさとダメ人間っぷりを見事に描いていてこれぞジョン。ザッツ・ジョン。

 

8. Alessandro Sanna, The River (Enchanted Lion Books, 2014) 

The River

The River

 

  ただただうっとりするような水彩画が続いている、だけではない、イタリア人アーティストによるサイレントなコミック。前のエントリで少し突っ込んでます。

 

7. Grant Morrison, Chris Burnham, Nameless (Image Comics, 2016) 

Nameless

Nameless

 

  今年知り合った方に教えていただいた作品。最高だった。ありがとうございました。モリソンが弾けている、素敵にチープなコズミックホラー。話がぶっ壊れる直前にゴールテープを切った、といった疾走感が堪らない。クリス・バーナムのちょっとエグいアートもマッチしすぎ。読者は感染するか、しないかの2種類に分かれる。そういう作品じゃないでしょうか。2017年2月にはお求めやすくなったペーパーバック版が出るようで、めでたい。

 

6. Hung Hung, Chihoi, The Train (Conundrum Press, 2014) 

The Train

The Train

 

 香港のアーティストChihoi (智海)が、台湾の作家Hung Hung (鴻鴻)の短篇小説を漫画化したモノクロ作品。コミックのあとに原作となった短篇が収録されているお得な仕様。人々が何年も乗り続け、生活を営んでいる長大な列車についての話で、コルタサルの「南部高速道路」やデュレンマットの「トンネル」を髣髴とさせる佳品。意識の流れ的に展開される原作と、コミックとの描写および内容の差異が面白くて、近々エントリを上げたいと思っています。それよりなにより、この表紙がズルい。

 

5. Farel Dalrymple, Pop Gun War Volume 1: Gift (Image Comics, 2016)

Pop Gun War: Gift

Pop Gun War: Gift

 

  自費出版をしたのち、2003年にはダークホースから、そして2016年にイメージから復刻されたもの。私はたぶん2003年頃に作者のサイトを発見して、そこで本作の冒頭のページのサンプルを見て瞬間的に熱狂したんだけど、そのまま本を買うこともなく、それどころか作者の名前すら忘れてしまい、時々絵を思い出しては悶々としていたら最近元気のあるイメージがこれを復刊するというものだから無事入手するに至りました。主人公の少年がニューヨーク的な都市を舞台に、『オズの不思議な魔法使い』もしくは『ピノッキオの冒険』的な奇怪な冒険を繰り広げる話。記憶にあった以上に素晴らしいアートと、最近児童文学を読み返すのが楽しいという個人的な事情とが相俟って、熱狂しました。2017年6月には続刊Pop Gun War: Chain Letterが出る模様。

 

4. David Prudhomme, Rebetiko (SelfMadeHero, 2013) 

Rebetiko (SelfMadeHero)

Rebetiko (SelfMadeHero)

 

 ダヴィッド・プリュドムというと、ルーヴルBDプロジェクトにも参加しているイカしたバンド・デシネ作家の一人で、『はじめての人のバンド・デシネ徹底ガイド』(玄光社2013年)にもちょろっと出てきますね。「レベティコ」とはある種のブルースで、その起源は、1923年、希土戦争に勝利したトルコが国民国家を強固にするために行った、住民の信仰に基づくギリシャとの住民交換にあるらしい。トルコのギリシャ正教徒とギリシャムスリムが交換され、ギリシャ正教徒たちがブズーキという管楽器を携えてギリシャへやって来た。彼らが奏で、歌ったのがレベティコであった――とのことです。本作の舞台は1930年代後半のギリシャアテネ。異国情緒あふれるレベティコは、メタクサス軍事政権下で、「国民意識を高揚するため」という大儀のもと演奏が禁じられる。そんななか、酔っ払いや阿片常用者の巣窟であるいかがわしい酒場で、今日も今日とてレベティコを奏でる男たちがいて、そんな彼らの1日が描かれる。近代史の混沌を閉じ込めたようなアテネの曇り空、通りの静けさ、酒場の沈鬱さを、プリュドムはシンプルかつ豊饒な線と色を駆使して描きだす。それが奇妙に美しいのは、レベティコ奏者たちのなけなしの反抗心とのコントラストのためだろうと私は思う。

 

3. Rutu Modan, Exit Wounds (Jonathan Cape, 2008)

Exit Wounds

Exit Wounds

 

  イスラエルのアーティストによる作品。2002年のテルアビブ。タクシーの運転手をしている青年Kobyはある日、疎遠になっていた父Gabrielがテロに巻き込まれて死んだかもしれないと聞かされ、情報提供者の女性Numiとともにその消息を追うが……という話。ルトゥ・モダンイスラエルActus Tragicusという5人組のアーティスト集団を組んでいて、私の知る範囲では、彼女がその一員として発表した短篇Panty Killer2001年)やThe Homecoming2002年)は、気の抜けたシュールな作品となっている。それが本作 Exit Woundsではガラリと趣を変えて(しかしオフビート感はしっかり残して)、シリアスな物語を展開していて、それでいてしっかり面白いから困る。イスラエル出身で初期にシュールな作品を発表していて、やがて政治への言及を行うようになった作家――というと、小説家のエトガル・ケレットが挙げられよう。などと無理やり関連付けるまでもなく、この2人は絵本『パパがサーカスと行っちゃった』(評論社、2005年)で共作しているんですね(正直、2人とも少し遠慮した感が否めないコラボレーションだったけれど)。エトガル・ケレットは近年邦訳に恵まれた作家なので、この勢いでルトゥ・モダンの邦訳を出すと、結構な数の人が幸せになるのではないかと思います。その際は岸本佐知子訳で河出書房新社から、というのが最高なんじゃないでしょうか。

 

2. Sergio Toppi, The Collector (Archaia, 2014) 

The Collector

The Collector

 

 泣く子も黙るイタリアの至宝、故セルジオ・トッピの代表作の一つ。19世紀末の世界各地を、「コレクター」として知られる謎の中年紳士が曰く付きの秘宝を探し求めてさすらう連作短篇集。ネイティブ・アメリカンの大酋長のパイプ、エチオピアの奥地にそびえるオベリスク15世紀ティムール朝の王が遺した宝石、中世アイルランドの王笏、そしてチベット密教の祖パドマサンバヴァの大腿骨でできたネックレス――どのブツも不思議な力やエピソードを持ち、コレクターはそうした神秘のために平然と命を賭ける。トッピの超絶技巧は、『シェヘラザード ~千夜一夜物語~』(小学館集英社プロダクション2013)にも増して冴えわたり、そのうえさらに癖のある登場人物たちが活躍するのだから言うことはない。頁をめくれば驚きが待っているし、頁を眺めていれば幸福がやって来ます。

 

1. Will Eisner, Jeph Loeb, Darwin Cooke, The Spirit - Anniversary Edition (DC Comics, 2015)

The Spirit - Anniversary Edition

The Spirit - Anniversary Edition

 

 レジェンドによるレジェンダリーな作品の75周年傑作選ということで、つまるところレジェンド・オブ・レジェンドな作品が詰まったレジェンド・オブ・レジェンド。とか言いつつ、『ザ・スピリット』を読むのはこれが初めてでした。ニール・ゲイマンが序文で、「『ザ・スピリット』はコミックの表現をやり尽くした」みたいなことを書いているけれど、確かにそう言わせるだけの、信じがたい多様性がある。舞台設定、ジャンル、コマワリを含めた形式、絵柄――本当に何でもありで、そして面白い。 どうかしてる。そう言えばゲイマンはThe Sandman: Overtureでも『ザ・スピリット』オマージュをやっていたね、というところで終わりたいと思います。

 

 良いお年を。