鳥なき島より

読み返したコミックスについて思うところなど

あるいは犬っころの歌――『レベティコ―雑草の歌』

 先日、『レベティコ』出版記念オンラインイベントに参加した(同作については、かつて短い感想を書いた。当時は英語版で読んだが、このたびクラウドファンディングが成功し、日本語訳が出版されたのである。めでたい)。

greenfunding.jp

 メインプログラムは作者のダヴィッド・プリュドム氏と翻訳者の原正人氏によるトークで、これが滅法面白かった。そしてとりわけ興味を惹かれたのは、プリュドム氏の「この作品を映画化しないかというオファーがあったけどお断りした」という発言であった。「映画化されると普通に音楽が流れてしまう。音楽を読者の想像力に委ねるのがこの作品の面白いところだから」と。
 氏の発言が興味深かったのは、それが『レベティコ』の構成上の特徴について私の考えていたことを補強してくれるものに思えたからである。

物語と断絶

 『レベティコ』の構成上の特徴とは何か。一言でいってしまえば、それは「断絶」である。
 『レベティコ』の概要は下記のとおりである。

 第二次世界大戦前夜の1936年、軍人上がりのイオアニス・メタクサスが首相に就任し、ギリシャファシズムへの道をまっしぐらに進んでいた。当時ギリシャアテネでは、レベティコという音楽が流行していた。レベティコのミュージシャンたちが歌ったのは、自らが属す下層階級の人々の生きづらい日常。それが下層階級の人々から熱烈に受け入れられた。一方、当局にとっては、定職につかず、ハシシを常習し、喧嘩に明け暮れ、犯罪まがいのことに手を染めることもいとわず、昼はぶらぶら過ごし、夜な夜なバーで演奏してひと騒動起こすレベティコのミュージシャンたちは、風紀を乱す社会のお荷物以外の何ものでもなかった。
 主人公のスタヴロスもそんなミュージシャンのひとり。彼は仲間たちとグループを組み、自由気ままな生活を送っていた。グループのリーダー、マルコスが半年ぶりに刑務所から出所したその日、スタヴロスと仲間たちは再会を祝い、久しぶりのセッションを楽しみ、乱痴気騒ぎを繰り広げる――。戦争が間近に迫り、自由がまさに失われようとする窮屈な時代に、あくまで我を通し続けた愛すべき人物たちの長い一日の物語。

   http://thousandsofbooks.jp/project/rebetiko/

 

 「愛すべき人物たちの長い一日の物語」。それは間違ってはいないのだが、本作は厳密には二部構成となっており、その第一部が1936年10月の「長い一日の物語」なのである。そして第二部は、名付けるならば「犬っころのモノローグ」である。

 第一部の流れは、レベティコのミュージシャン、スタヴロスを主人公として、彼が目を覚まし、刑務所から出所するマルコスを迎えに行き、仲間たちと演奏を行い、眠りにつく――といったものだ。そのなかで、アメリカでコロムビア・レコードのプロデューサーを務める男が彼らをスカウトしに来る。渡米しないか、あるいはレコードを作ってアメリカで売らないかと。スタヴロスらはその誘いを蹴る。最終的に、スタヴロスの仲間のなかで「犬っころ」だけがプロデューサーのもとを訪ねる。

 そして第二部が、その犬っころのモノローグである。時代は、第一部の20~30年ほど後だろうか。第一部がその冒頭で「1936年10月/アテネ」と日時と場所を明示しているのに対して、第二部にそうした説明はない。犬っころの年老いた姿が描かれる。彼がいささか上品なクラブでレベティコを演奏しながら、「あの晩のことをよく思い出す」と独白する。あの晩とは、第一部で描かれた日の晩を指す。彼は続けて、外の世界を見てきたこと、検閲を避けるために甘ったるい内容の楽曲を演奏していたこと、いつのまにか流行が変わり規制も緩和され、今ではむき出しの言葉で歌っていること、それを聞いているのは生まれのいい連中だということ――等々を語る。独白は徐々に怨嗟と化していく。

 100頁ちょっとある本作のうち、第二部が占める分量はわずか4頁である。物語自体はスタヴロスを主人公とした第一部で完結しているように思える。また、第一部が犬っころ自身の回想であるならともかく、そうではない(第一部の中心人物はスタヴロスだし、明らかに犬っころが見聞きしていないはずの場面も多く描かれている)。第一部と第二部の間には大きな断絶がある。

 この断絶に思いを巡らせたとき、スタヴロスらミュージシャン仲間のうち、犬っころとそれ以外のメンバーとの間にある断絶に改めて目が向かうはずだ。
 象徴的なのはその名前である。犬っころ以外のメンバーは、スタヴロス、マルコス、バティス、アルテミスという名前を与えられているが、犬っころには通称しか与えられていない。そして、彼以外のメンバーには特定のモデルが存在することが作者によって明かされている。
 犬っころだけがプロデューサーのもとを訪ね、外の世界を見たことはすでに述べた。

 彼とスタヴロスらの断絶が第二部を導いたのである。

 また、本作には作者による「まえがき」と「あとがき」がある。私はそれほど多くのバンド・デシネを読んできたわけではないが、作品にまえがきやあとがきを付す慣例は絶対的なものではないはずだ。これもひとつの断絶として意識しておきたい。まえがきでは本作の舞台設定や時代背景の解説が、そしてあとがきではスタヴロスらのモデルとなった実在のミュージシャン達の消息が語られている。

殉教と伝道

 スタヴロスらが音楽プロデューサーによるレコード制作の申し出を断ったのはなぜか。
 プロデューサーは言う。「多くのレベテースが録音を続けているじゃないですか」。マルコスが、それは独裁者メタクサスの検閲をすり抜けられるような「甘ったるいヤツだけ」だと答える。「オレたちの周りにいる港の男どもを見てみろよ/ヤツらはここに来てオレたちが歌う真実に酔う/オレたちの人生はつながっているのさ…」。
 また、すでにレコード制作の経験があるマルコスは、蓄音機から自分の歌声が流れるのを聞いた時、「まるでオレの声が…/盗まれた気がした」。プロデューサーは言う。「マルコスさん この渦は歴史の必然です/私たちは録音の世紀を生きています/これまで音楽とは消え去るものでした…」「だが今後は何も失われはしない…」。マルコスは答える。「ヤギの腹をさばくのと一緒さ/どうなるか わかるか?」。バティスが続ける。「二度と元通りにはならねえ…」。
 バティスはこうも言う。「オレたちのレコードは彫像のようなもんだ…」「石棺のようなもんだ…」「音なんて誰が買う?/要は風だぜ/売れやしねえ!」「消えちまうんだから!」。

 レコード化によって、ヴァルター・ベンヤミンが言うところの「アウラ」がなくなる。煎じ詰めればそういうことだろう。

いったいアウラとは何か? 時間と空間とが独特に縺れ合ってひとつになったものであって、どんなに近くにあってもはるかな、一回限りの現象である。

  『複製技術時代の芸術作品』ベンヤミン

 

 しかし犬っころはひとり、プロデューサーの元を訪れた。レコードを作り、歌い続けた。複製技術の力を借りて外の世界にレベティコを届けたのである。
 「朝 起きたことを夜に歌う」スタヴロスらはレベティコの、そのアウラの殉教者であり、犬っころは複製技術に奉仕したレベティコの伝道者であると言えよう。

 そうであるならば、犬っころのモノローグによって幕を下ろすという本作の構成の意味がわかるような気がする。

 レベティコという音楽は、1936年のギリシャで、その時代、その土地において無二の火花を発していた。第一部はそれを読者に追体験させ、犬っころと第二部に象徴される断絶が、第一部で奏でられたレベティコの、一曲一曲の一回性を強調する。その輝きは、失われたがゆえに我々読者の想像力によってますます眩くなるのである。
 また、第二部が時代と場所を明示していないことにも意味があると私は考えたい。犬っころのモノローグは一体、いつ、どこで行われたものなのか。それは、読者が本作を読んだその時、その場所で行われているのだ、と。

あるいは犬っころの歌

 名前のない伝道者、犬っころ。複製技術の力を用いてレベティコを広めた男。作中の断絶を象徴する人物。実在のミュージシャンの中にモデルを持たない存在。
彼は、バンド・デシネという出版物によって我々の胸裏にレベティコを想像/創造させ、「まえがき」と「あとがき」で本編がすでに失われてしまった時間と場所で奏でられた音楽を描いたと強調している者――すなわちダヴィッド・プリュドムその人ではないだろうか。
 このように考えたとき、『レベティコ――雑草の歌』という作品自体を、あるいは「犬っころの歌」と言い換えることが可能なのではないだろうか。

 映画化のオファーを断ったとプリュドム氏が語ったとき、私はそんなことを思ったのである。しかし氏は、「もしすごく有名な映画監督からオファーが来たらちょっと考えてもいいんだけどね」と続けたのだった。
 それはやめてほしい。